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えー、ネット復帰してからssを掲載しないのも如何なものかと思うので、本日習作がてら書いたssを掲載させていただきます。
原作風味なクトゥルフ系習作、いろいろとまばらで所々弱いけど、愉しんでくださいまし。
【虚ろな欲望は神をも欲するか?】
私は写真を撮ることが趣味である。
ある時は雪に覆われ灰色と化した山の全体像を写したり、闇に沈んだ空に、粉微塵に撒き散らされた星々を写したり、もしくは街道を歩く人間達の様々な表情を写真におさめることが大好きだった。
この目の内に入るありとあらゆる世界を掌握した心地に浸るその様は、時に狂喜にも似た優越感を得ることが出来るからだ。
大地を、空を、海を、山を、木々を、動物を、人間を。
自らの目で見る全ての万物を、この写真という監獄じみた二次元世界に閉じ込めるという冒涜的な所業に、自らの内に眠る嗜虐心を掻き立てて止まなかった。
私はこの世の全てをこの写真に収めたいと、実に無謀な夢を持ったのも恐らくはそういった、狂える思想、憧憬が背景に在ったからであろう。
故に愚かだと、愚昧だと自覚しながらも、狂っていたのだから仕方のないことだったのだ。
私は必要な荷物とカメラだけをその手に持って世界を旅した。
ただ、私は凡百の風景をこの写真におさめることが嫌いでならなかった。
高々、現代の人間達が想像した被造物などさらさら興味を持たなかった。
私は、人類既知を超えた、人類という種を超えた異形の種族が創り上げた文化、未だ見ぬ秘境、遺跡を巡ることを決意していた。
例えばそれは冥(くら)く沈んだ海の中で生き続ける、かの大いなるCを信仰する深きものども(ディープ・ワンズ)が護る神殿ルルイエだったり、
若しくは遥か天に聳える、かつてミスカトニック大学探検隊が謎の惨殺死体と化して討ち棄てられた、古のものたちが棲まう狂気山脈であったり、
或いはその狂気山脈を越えた先の世界の裏側、曰く夢の中にて垣間見る未知なるカダスであったり、
そしてこの地球という星よりも遥か弥果(いやはて)、牡牛座プレアデス星団の内に輝くセラエノにて建造された大図書館であったり。
そう―――世界とはかくも巨大に、膨大であった。
それらをこのカメラの内におさめて、おさめて、おさめ尽くした私は言い様も無い支配欲に駆られに駆られ、その後も世界を我が手におさめるべく、写真を取り続けた。
何時しか、幾許か、もしくは永劫の時のうちを過ごした後かもしれない。
ありとあらゆる世界を写真におさめた私のうちには、最早欲望の欠片さえなくなった。
あらゆる万物を二元世界に閉じ込めたと妄想のうちに浸った私の狂った欲望の泉は一滴すら枯れ果て、全てが億劫となってしまったのだ。
膨大な欲望を消化したのちの反動はかくも満たされぬ虚無しかなかった。
――いつしか私の心の内に眠っていた狂気は薄れ、何十年と経過した後の話である。
私は、とある女性に恋をした。もはや枯れ果てたと思われた私の支配欲が再び燃え盛るほどの情熱が、その女性に対してわきあがったのだ。
浅黒い肌、堀の深い目、それらは正にかのエジプトの女王を彷彿とさせる美貌であった。
はじめて、個人を我が物にしたいと欲望に掻き立てられた私はその手に再びカメラを取るに至ったのだ。
撮る。撮る。撮る。撮り続ける。
誰から見ても浅ましい感情だったに違いない。愚かだと笑われたに違いない。若しくは狂っているとさえ思われていたに違いない。
だが、だがだ。この私の情欲は決して嘘ではなかった。たとえそれが妄信の類だったとしても、虚無でしかなかった私の心を満たしてくれる。
故に、彼女を撮り続けた。狂ったように。信仰するように。
そうして、今、私はこのカメラのうちに収められた彼女を現像する作業に取り掛かっていた。
とてもとても待ち遠しかった、至福のときである。彼女もまた、この写真の中で、私の手の中で収められた。
私は彼女を手に入れたのだ。そう思うと、私の心の内は瞬く間に満たされていった。
至福の余韻に浸かった時間が長かったのか、正常な思考を取り戻した際には既に写真の現像は完了していた。
くつくつと笑みを浮かべたまま、私はその写真の中に閉じ込められている筈の彼女を見る。
その時に気付いたのだ。
否、再認したに過ぎないのだろう。
もしくは、ただ真実に気付いただけだったのかもしれない。
私は狂っていたのだ。
――貌(かお)が無いのだ。
あの堀深い目も、浅黒い肌をした美貌も、全て真っ黒に塗りたくられ、人知では認識できぬ色彩を放っている背景の中で、哂っていた。
――“無貌”で、彼女は私を見詰めて嘲笑していたのだ!
嗚呼、嗚呼。何だこれは。何なのだこれは。
私はこんなものを撮りたかったのか。私はこんなものを欲しがったのか、私は、私は、私は―――!!
暗い曇天の下、私は部屋の外で嘶くウィップアーウィルの鳴き声を聞いたが最後に、自らの首を
◆◆◆
この世には知って良いことと悪いことがある。
ましてやその全てを手に収めるなど狂気の沙汰である。
無いものは手に入らない。愚かにも知性を身につけたが故に催された支配欲など、無意味でしかない。
この世に在る万物はすべて泡沫にすぎないのだ。
人よ、知れ。所詮この世は神の見る夢の残照でしかないのだ。
無貌の神は、写真のなかで嘲笑う。嘲笑う。